君 花

第12章/失ったもの
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水曜日、

蓮との約束の当日、六花は春人とのことで心にしこりを残したまま出掛ける準備をしていた。

あの日から、六花は春人にメールも電話もしていない。

春人からも六花に連絡をよこすことはなかった。

別れ際の六花の様子に何かを感じ取って、六花から連絡が来るのを待っているのかもしれない。


春人のことを考えると、キスを拒んだときに見せた驚いた顔だけが思い浮かんでしまう。

やさしい笑顔も、照れたように笑う顔も、少しスネてふてくされているような顔も、

みんなあの時の悲しげな顔にかき消されてしまう。


六花は携帯を開き、待受け画面を見つめた。

春人に送ってもらったサンタと一緒に写っている写真。

夏休みに入って春人が沖縄に行ってしまってからサンタにも会っていない。

毎日のようにハルと一緒に夕方の散歩をしていたことを思い出し、六花は携帯を胸に抱きしめた。

ハルの家から鉄塔までの往復がいつもの散歩のコースだった。

鉄塔の下でのんびりと体を休めるサンタの横で、春人と他愛のないお喋りを何度繰り返しただろう。

鉄塔の下で、何度ずっと一緒にいようって約束を交わしただろう。


――みんな、みんな……私が壊してしまったんだ。


六花は携帯をたたむとバッグの中に入れ、大きくひとつ深呼吸をした。

――今日、蓮の話を聞いたら……、ハルにちゃんと話をしよう。
どんなに怒られてもいい。どんなになじられてもいい。
ちゃんと、自分の気持ちを伝えよう。


机の上に置いた春人から贈られた指輪のケースが、家を出て行こうとする自分をじっと見つめているような気がしてならなかった。

振り切るような思いで玄関のドアを開け外へ出た六花の耳に、洪水のようなセミの鳴き声が飛び込んでくる。

蓮からどんな話を聞かされるのか、六花には想像もつかない。

それでも六花は立ち止ることも後戻りすることも考えなかった。

前に進まなくちゃいけないんだ。――そう自分に言い聞かせて、六花は足を踏み出していた。

蓮の住所は教えてもらっていたので、マンションの大体の場所はわかっていた。

駅から徒歩5分と言ったが、実際は5分もかからない位に近い場所に蓮の住んでいるマンションはあった。

よく買い物に来ていた店のすぐ近くに蓮が住んでいたことに、改めて驚くばかりの六花だった。


「――サニーヒルズ・ハイムの205号室……」

アドレス帳の住所と目の前の建物の名前を照らし合わせた後、階上を見上げた六花は自分の心臓が大きく鳴り響き始めていることに気づいた。

マンションの入り口に向かう足取りも変にぎこちなく、手と足が一緒に出てしまいそうになってしまっている。

落ち着こうと階段の上り口で息を整えているところに、携帯の着信音が鳴り始め、かえって六花を慌てさせてしまっていた。

着信は春人からのものだった。

バッグから携帯を取り出したものの、六花はそのメロディをふさぐように両手で携帯を握りしめていた。


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