ポール・ハンター



ポール・ハンター(Paul Alan Hunter 1978年10月14日生)
 [イギリス・プロビリヤード選手]


 イングランド・リーズ出身。幼い頃からスヌーカーの世界で有名なアマチュア選手で、1995年に16歳でプロに転向。プロ転向後わずか4ヶ月で初出場したUKチャンピオンシップで、当時世界ランキング第6位だったアラン・マクマナスを1回戦で下したことで話題を呼び、さらに同年のリーガル・ウェルシュ・オープンでは17歳3ヶ月の若さでベスト4に進出。これは当時ランキングイベントのベスト4進出における最年少記録だった。

 1998年のリーガル・ウェルシュ・オープンでランキングイベント初優勝を飾ると、同年のUKチャンピオンシップでもベスト4に進出し、スヌーカー記者連盟による「Young Player of the Year」を受賞。1999年には世界スヌーカー選手権に初出場するが、当時既に6度の世界選手権制覇を果たしていたスティーブン・ヘンドリーと1回戦で当たるという不運に見舞われ初戦敗退した。ただ1999〜2000シーズンのスヌーカー世界ランキングで12位となり初のベスト16入りを果たすなど、着実にトップ選手への道を歩んでいった。

 2001年のベンソン&ヘッジス・マスターズを制すると、翌年もマスターズを制して史上3人目となる同大会連覇を達成。さらに同年にはリーガル・ウェルシュ・オープン、ブリティッシュ・オープンでも優勝を飾る。2004年にもベンソン&ヘッジス・マスターズを制し、スヌーカー界のトッププレイヤーとしての地位を確立し、そのルックスから「スヌーカー界のデビッド・ベッカム」として人気を博した。同年にはプレミアスヌーカーリーグにも初出場を果たしている。

 2005年4月、ハンターは自らが胃癌(神経内分泌腫瘍)に冒されていることを発表。化学療法による治療を行いながらスヌーカーイベントへの参戦継続を試みるが、結局2005〜2006シーズンはランキングイベントで1勝しか挙げることができず、2006〜2007シーズンの開幕を前に世界ランキングのトップ32から転落してしまう。しかしハンターの闘病とその復活を信じるファンは多く、それらファンの声に応える形で世界プロビリヤード・スヌーカー連盟(WPBSA)はルールを変更し、ハンターの世界ランキングを34位のまま1年間凍結することを決定。ハンターは闘病に専念することとなった。

 しかしその甲斐もむなしく、2006年10月9日にハンターは死去。妻と生まれたばかりの娘を残し、28歳の誕生日目前という若さでの死だった。死後、同年のBBC Sports Personality of the Yearにおいて、「困難に立ち向かう勇気と努力」を称える賞である「Helen Rollason Award」を受賞している。

 2006年10月9日死去(享年27)





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